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神戸地方裁判所 昭和40年(ワ)241号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕ところで、被告は当初「訴外細井にある程度の過失があつた」旨陳述し、後にいたつて右陳述を撒回するとのべたのに対し、原告は、右陳述は自白であり、自白の撒回には異議があると主張するので、この点について判断する。「過失」は専門的知識を必要とする法律的概念であり、具体的事実に対して法律的判断を加えて得られた結論である。従つて、本来自白の対象とされる具体的事実そのものではないというべきである。ただ専門的知識をもち具体的事実を熱知し、その事項の意義を正当に理解し、総括的結論として「過失」があつた旨陳述した場合、例外的に固有の自白としての効力を認めて差支ないというにすぎない。そこで本件について考えるに、被告は、本件事故を起した運転者ではなく、具体的事実関係を熱知していたとは言えず、又専門的知識を有する弁護士等がいまだ関与していない段階での陳述であるから例外的に自白としての効力が認められる場合にも該当しない。そうすれば、「過失があつた」旨の陳述は、被告のその余の主張を判断するまでもなく、自白としての効力はないというべきである。もつとも、かかる陳述があつたことを、民事訴訟法第一八五条にいう口頭弁論の全趣旨として斟酌しうることは別論である。

そこでつぎに運転者細井の過失の有無につき検討する。道路交通法第二六条第一項は、同一の進路を進行する後行車は、先行車が急停車したときにも追突するのを避けるため必要な距離を先行車から保たなければならないとして、いわゆる車間距離保持義務を規定する。

ところで<証拠>によれば、原告が左ハンドルを切つて細井の運転する被告の自動車の前にくる(この事実は当事者間に争いない)までの原告車の進路は、いわゆる同一の進路ではなく、原告車の左側の延長線と被告車の右側の延長線との間にはいくらかの間かくがあつて追突の危険のない異る進路を進行していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

このように原告とは進路の異る道路上を進行していた細井には、右の車間距離保持義務はないといわなければならず、また本件全証拠によるも細井に右義務を認めなければならないような特別な情況を認めることはできない、

つぎに、<証拠>によれば、原告車は、大型貨物トラックの約五米後方を時速約三五ないし四〇粁で進行して交叉点にさしかかつたところ、先行車が同所を横断しようとしている学童を見て急停車したので同車に追突するのを避けるため、左折信号を出す余裕もなく、とつさにブレーキをかけるとともにハンドルを左に切つて細井の運転する被告車の前方に割りこんできたが、そのときの原告車は、被告車の前方約四米の地点であつたこと、そして原告車は停車した先行車の後部とが約六〇糎重なり合う地点で停車したが、まもなく時速約二〇ないし二五粁で進行してきた被告車に追突されたこと、被告車を運転する細井は原告車の割り込みを知ると同時にブレーキをかけ、ハンドルをやや左に切つたが近距離のため間に合わず、追突したものであることが認められ、右認定に反する<証拠>はただちに信用することはできない。(すなわち、右<証拠>によれば、細井は本件事故後捜査官の取調に対して、原告車が自車の前に割り込んできたので少しブレーキをかけたが、原告車がそのまま進行するものと軽信し、これに追従しようとブレーキを一度ゆるめたところ、原告車が急に停車したので追突した旨の供述をしていることが認められ、右供述するところが事実とすれば細井に過失があること明らかであるというべきであるが、右各供述内容は、とくに重要な点である原告車がブレーキをかけたときと場所が前掲各証拠によつて認められるところとくいちがつているを考えれば、それをただちに信用することはできないといわなければならない。また、<証拠>によれば、神戸地方検察庁は昭和四〇年五月一〇日付をもつて、細井に対する本件事故についての業務上過失傷害被疑事件を、過失を認定するに足る証拠が不十分であるとして不起訴処分にしていることが認められるが、このことは右のことを裏付けているともいえる。)

しかして、被告車が時速二〇粁ないし二五粁で進行していた前方約四米のところに原告車が割りこんできた、という前記認定の状況のもとでは、制動距離等の関係で被告車はもはや追突を避けることが物理的に不可能であつたのではないかと疑うに足る事情にあるものといわなければならない。

しからば本件において、結局、被告車の運転者細井に自動車運転上の過失があつたことの証明がないものというべきであるから、同人の過失を前提とする原告の本訴請求部分、すなわち民法七一五条に基く車体および付属品についての損害賠償請求金計八二〇〇円は認められないことになる。

ところで、当事者間に争いのない事実によれば、被告は、自己のために本件自動車を運行の用に供するものであり、その運行によつて原告の身体を害したものであるから、自動車損害賠償法第三条により、同条但書の免責の要件をすべて証明しない限り、右傷害によつて生じた損害を賠償する責に任じなければならないものである。しかして右の保有者責任が免責されるためには、保有者において運転者に過失のなかつたことを積極的に証明する責任があり、過失の有無が証拠上不明であるというだけでは右の無過失が証明されたものとはいえないものと解すべきところ、右免責の第一の要件である運転者細井に自動車運行上の過失が全くなかつたかというに、同人に過失があつたとの証明なきこと前述のとおりであるが、<証拠>によつて認められる、原告車が被告車に追突されたためその力により約五〇ないし六〇糎前へずれたこと(このことはかなり強い力で追突したことを意味する)<証拠>によつて明らかである原告の傷害の程度<編註・全治約五〇日を要する後頭部挫傷、頸髄振盪症と認定されている>の各事実と、弁論の全趣旨ならびに前掲<証拠>とをあわせ考えれば、細井が事故回避のために制動ハンドル操作等十全の措置をとつたとしても追突による原告の右程度の傷害を避け得ない状況にあつたということ、換言すれば追突そのものは避け得ない状況だつたとしてもその程度と細井の運転操作との関係につきなお疑問が残り、したがつて原告の本件傷害につき細井に過失が全くなかつたことの証明がなされたものとは認めがたく、結局同法第三条但書による免責事由の証明がないことになるので、被告は原告に対し同人の負傷によりこうむつた後記損害を賠償しなければならない。(原田久太郎 保沢末良 河上元康)

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